「失念する」の意味を正しく理解していますか?
「失念する」とは、何かを忘れてしまった際に使われる言葉です。しかし、残念ながらその使い方を間違えているケースがビジネスの場でもしばしば見られます。誤った使い方が他の言葉と比べて目立ちやすく、主に謝罪などのシーンで使われるため誤用から印象が悪くなってしまいやすいので注意が必要です。
言葉というのは、もともとの意味はもちろん、使う相手やシーンによっても選び方が変わってくるもの。「失念する」の使い方を失念することがないよう、どういった場合に用いるべき言葉なのかを改めて確認してみましょう。
「失念」の意味とは?
「失念」は漢字で「念を失う」と書きますが、もともとは仏教に関する用語です。「心の奥にあった大事なことを失う」というような意味を持っており、転じて「忘れる」という意味で使われます。
失念は「覚えていたことについて忘れる」という意味であり、「知らなかった」という意味ではないことに注意が必要です。さらに、モノではなく記憶に対して用いる「忘れる」であるため、「カバンを失念した」というような使い方はしません。
また、「ちょっと忘れていた」というより、「当然覚えているはずの(大事な)ことをうっかり忘れていた」というニュアンスにおいて使われるものだと理解しておきましょう。「今日、部署の会議があることを失念していた」とは使っても、「帰りにタバコを買ってくるのを失念していた」とはあまり使いません。
「失念」と「忘却」の違い
「失念」に似ている言葉に「忘却」という言葉がありますが、忘却は「完全に忘れる」というような意味合いがあり、失念のように「思い出した」ニュアンスがありません。
また、ビジネスシーンでは「忘却」は使うことはほとんどありません。
「失念」の使用がふさわしいシーン
失念という言葉はよく使われる言葉ではありますが、ビジネスシーンにおいては使われる場面がほぼ決まっています。それは「謝罪」「依頼」の場面です。
そもそもビジネスシーンにおいては「忘れてしまう」という状況自体が起きてはいけないものですし、「うっかり忘れてしまった」「度忘れしてしまった」といったフランクすぎる言葉はまず言いにくいものです。その印象を少しでもビジネス向けの堅い表現とするために「失念」を用います。
1 上司などとのやり取りで使う場合の「失念」
- 「先日は部署の会議があったことを失念しており、営業に出てしまいました。大変申し訳ありませんでした。」
スケジュールのうっかり忘れなどは誰にでもあるものですが、そういった場合に対して用いることが多いのが「失念しておりました」という表現です。「失念していました」は軽く聞こえる場合もありますので、できるだけ「失念しておりました」と謙譲語表現で使いましょう。
2 他者に依頼をする場合の「失念」
- 「私のアカウントのパスワードを失念してしまい、ログインできなくなってしまったため、再設定をお願いできますでしょうか?」
例文では、自分がパスワードを忘れてしまったことに対する謝意を「失念」という言葉を使うことで表現しています。
クッション言葉として「大変申し訳ございませんが」などを入れるとより丁寧に聞こえます。依頼をする際は、相手に迷惑をかけることになりますので、相手を立てるような表現をするのが基本です。
3 メールなどで謝罪文を書く場合の「失念」
- 「昨日の打ち合わせにおいて確認事項を失念しており、申し訳ございませんでした」
基本的に謝罪のために使われる表現ですので、メールなどの文面では自分を下げて相手を高める敬語表現となることに注意してください。「私が先日失念したが申し訳ない」という使い方は基本的にしませんので、尊敬表現のトーンがおかしくならないように注意しましょう。
「失念」の使用がふさわしくないシーン
「失念」という言葉は、上記のように謝罪が必要な場面で使うものであるため、ふさわしくない使い方をしていることがないか注意が必要です。ありがちな例をいくつか紹介します。
1 「モノ」について使うシーン
×「昨日は大事な書類を失念してしまい、申し訳ありませんでした」
×「添付ファイルを失念しておりましたので再度添付して送付します」
上の例では、書類という「モノ」を忘れてしまったということを「失念」と表現していますが、これは間違った使い方です。「書類を持参することを失念してしまい」であれば、考えや行動についての話になりますので正しい用法となります。
下の例も同じように、「添付ファイルを失念する」という間違った用法になっています。これもやはり、「ファイルの添付(をすること)を失念する」なら正しい使い方です。ただし、添付するファイルを間違ってしまっていた場合や操作ミスによって添付ができていない場合は「失念する」は使えません。「ミス」については「失念」したことではないので注意しましょう。
2 自分以外の人について使うシーン
×「先日、部長が打ち合わせを失念しまして、~」
×「A社が発注量を失念していまして、~」
「失念する」という表現は、基本的に自分の忘れていたことに対して使う表現です。上記のように目上の人や取引先の忘れていたことについて敬語表現が必要な場合は、「部長が打ち合わせをお忘れになられていて」という形で表現するのが普通です。
3 「失念」は口語の会話ではあまり使わない
「失念しておりました」などの表現は、口語会話で使われることはあまりありません。少し堅い表現となってしまうため、かなり厳しい状況においてのみ口語として使われるものと理解しておきましょう。
「うっかりしておりました」「度忘れしておりました」などの表現の方が自然で状況も伝わりやすく、口語向きの表現となります。
「失念」は敬語表現?
「失念」というのは敬語表現かと言えば、敬語表現ということではありません。「失念」はあくまで名詞ですので、その後に続く言葉によって変わってきます。
「忘れる」という言葉についてのより丁寧でしっかりした表現ですのでビジネス向きではありますが、以下のような使い方の場合、敬語に聞こえないこともありますので注意してください。
×「名前を失念したので、再度お伺いできますか?」
×「名前を失念しちゃったので、もう一度聞けますか?」
「失念する」は謙譲語として使われるのが基本で、自分の忘れた行為に対して使う表現です。尊敬語表現として目上の他人に使用することはできないため気を付けましょう。
「度忘れ」「うっかり」の表現は「失念」に変換を
「失念しておりました」のニュアンスは、ただ忘れたというよりも大事なことを忘れていたというニュアンスが強く、「度忘れしていた」「うっかり忘れ」というような意味です。しかし、これらの表現をそのまま用いるのはビジネスシーンではふさわしくありません。
親しい間柄の上司や同僚であれば「度忘れしておりまして」「うっかりしておりまして」という表現を使っても大丈夫な場合もありますが、基本的に「度忘れ」「うっかり」というのは仕事に対する真剣さや責任感を問われかねない表現です。ビジネスシーンにおいては「失念」を使った方が良いでしょう。
もちろん、できる限り「度忘れ」「うっかり」が生じないように注意するのは最低限のビジネスマナーとして普段から意識しておくことも大切です。
「失念してください」は間違い
失言などの際に「忘れてください」という意味で「失念してください」という人がいますが、これは間違った表現になります。この場合の使い方としては、「放念ください」が正解です。
「失念」も「放念」も「忘れる」の意ではありますが、失念が「意図的でなく」忘れるのに対して、放念は「意図的に(自発的に)」忘れる(忘れようとする)の意です。放念は「気にしないで」のニュアンスがある言葉です。
字からもある程度想像はつくかと思いますが、そもそも表現を知らないと使うことはできません。普段から必要に応じて使うことでボキャブラリーを増やしましょう。
「失念しておりました」が自然に出る人はレベルが高い
失念の意味を正しく理解すると、自然に適したシチュエーションで使えるようになります。
「失念しておりました」が自然に出てくるようになれば、「忘れていました」という無責任にも聞こえかねない言葉を使うことが減るはずです。基本的にビジネスシーンでは、信用を落とすような言葉は回避するに越したことはありません。
「失念しておりました」が自然に出てくる人には、銀行員やキャビンアテンダントなどビジネスマナーのレベルが高い人が多いです。そういった言葉がスラスラと自然に出てくる人に感心する人も多く、謝罪によって評価を受けることも少なくありません。
そもそもこの言葉を使用する状況が出てないことを願いますが、自然に「失念しておりました」と出てくるよう、ぜひ普段から意識してみてください。