「若輩者」という言葉は使いどころが難しい
社会人にもなれば様々なシーンで挨拶を求められることが増えてきます。その時の言葉選びからその人の知性や語彙が見えてくるものです。
抱負を述べる機会などにおいて、「若輩者ではございますが」という表現が使われることがありますが、自分の立場や状況を考えた時にふさわしくない、間違った使い方をしている人は少なくありません。
「若輩者」は自分を謙遜して表す言葉として認知されていますが、その正確な意味や用法にまで気を遣って使っている人は少なく、そのために年配の方から注意を受ける場合もあります。正しい使い方を身に着けておくと、挨拶の場で好感を得ることができ、自分の決意や立場についても誤解・嫌味なく伝えることができることでしょう。
「若輩者」の意味とニュアンス
「若輩者」は「じゃくはいもの」と読みます。辞書的には「若輩者」というのは、「若い人」という意味がありますが、年が若いというだけでなく、「経験が浅い」というような意味を持っています。
若輩者と言う表現をする場合には、自身を卑下して使うケースが大半です。他人に対し「お前は若輩者だな」と使うことはありませんが、身内(年少の家族や部下)を紹介する場合に「彼はまだまだ若輩者ではありますが、社内でも将来を期待されておりまして」というように使うことがあります。
一般的に挨拶などの場で「若輩者」では、与えられた役割や役職などに対して、まだまだ自分の実力が追い付いていないという「力不足」「分不相応」といったニュアンスで使います。実際にそうかどうかは別として、「与えてもらったものが大きい」と謙遜するために用います。
そのため、本当に経験が浅く実力が伴わない場合や、経験自体が全くない場合には「若輩者」は適さない言葉となります。相手によっては謙遜ではなく事実に見えるからです。
実際にその難しさなどを理解している人から見れば、実力が伴わないにもかかわらずそれを行うことは失礼に映りますので、使い方には気を付ける必要があるのです。
「若輩者」を別の表現で表すと?
「若輩者」という言葉は使いどころが難しい言葉のため、無理に使う必要はありません。同じように謙遜して自分のことを表すための類義語をいくつか押さえておくと便利でしょう。
1 未熟者(みじゅくもの)
「未熟者」は若輩者と同様に挨拶などの場でよく使われる表現で、「十分な状態ではない」「未だ熟していない」といった意味があります。経験の浅さなどから、「学問や技術・知識が期待されるところには追い付いていない」という謙遜の意で使われています。若輩者よりもニュアンスが明確なので使いやすい表現でしょう。
2 浅学(せんがく)
「知識、学識が浅い」ことを意味する浅学は、「浅学の身ではありますが」というように使われます。浅学に「才能が乏しい」の意の「非才」をつけて「浅学非才」という言い方もありますが、同様に「求められているところに対して不足がある」ことを謙遜する表現です。
3 至らぬところ
同じく自らの能力や才が不足していることを表す謙遜の表現として、「至らぬところも多々ございますが」などのように使われる「至らぬところ(至らぬ点)」も挙げられます。「期待に届かない」「気が回らない」などの意味として使われます。ビジネスシーンにおいても便利で使いやすく、よく耳にする表現です。
4 右も左もわかりませんが
謙遜の表現として「右も左もわかりませんが」という表現もあります。こちらは、環境が大きく変わったようなケースで使うことができます。ただし、結婚式の新郎挨拶や、会社の昇進挨拶などで使うと頼りなく聞こえてしまうこともありますので、使いどころはよくわきまえる必要があります。
シーン別「若輩者」を使った例文5パターン
「若輩者」を使った例文をシーン別にチェックしてみましょう。
1 昇進・昇級の挨拶で
この度は課長の大役にご推薦いただき、誠にありがとうございます。
まだまだ若輩者ではございますが、皆様の支えを受けながら日々精進し、皆さまと共に目標の達成に向けて率先垂範で主体的に取り組んでいきたく存じます。どうぞ皆さま、今後ともよろしくお願い申し上げます。
最も使われることが多いのが昇進や何かの役職に就任した時の挨拶で、口語でも文語でも使われます。
この場合の若輩者は「自分にはまだまだ能力が足りない」と自分を謙遜し、ふさわしい姿になれるように努力をしていきたいという決意表明のために使われます。
実際の年齢や実力とは一切関係はありませんが、すでに相応以上の年齢や実力を備えている人が使うと違和感が出る場合もあります。
2 転勤・異動の挨拶
●●支店営業部からこの度異動して参りましたAと申します。
営業につきましては入社より10年行ってきましたが、人事や採用に関してはまだまだ右も左もわからない若輩者でございます。新入社員のような気持ちで心機一転学んでいきたく存じますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
営業から人事部に異動になった場合の挨拶です。まさに大きな環境や仕事の変化になりますので「右も左もわからない」状態であり、経験的にも「若輩者」がふさわしいでしょう。
社歴では10年以上あることが想定されるので、それだけの仕事における能力は期待できるでしょうが、自らを謙遜して紹介することで接しやすい印象となります。
3 結婚式における新郎挨拶
本日はこんなにも多くの方にご列席いただき、祝福をたまわりまして、大変幸せに感じております。まだまだ若輩者ではございますが、皆さまにも支えていただきつつ、2人で幸せな家庭を築いていきたく存じます。今後ともよろしくお願いいたします。
結婚式では今後の家庭生活に向けての抱負を新郎が挨拶しますが、ちょっと固めのスピーチになると「若輩者」という表現もよく使われます。人生の新たなステージのスタートでもありますので、「若輩者」として教育や支援を求めることで良い印象を与え、今後にわたる良い関係づくりにつながります。
4 接待などのお礼で
昨晩は私のような若輩者にはもったいない素敵なお食事の席にお誘いいただきまして、誠にありがとうございます。お土産までいただいてしまい、恐縮至極でございます。お料理も大変美味しく、有意義なお話も伺え、楽しい時間を過ごさせていただきました。大変感謝しております。
「私のような若輩者にはもったいない」と謙遜しながら感謝を述べる使い方です。取引先や上司から誘いを受けたりした場合など、幅広く応用できる使い方です。この使い方の場合、具体的に何が良かったのかを表さないと、気に入らなかったと誤解される場合もありますので注意しましょう。
5 乾杯の音頭で
若輩者ではございますが、ご指名をいただきましたので、僭越ながら乾杯の音頭を取らせていただきます。お手元にグラスは行き渡っておられるでしょうか?それでは、乾杯!
乾杯の音頭を任された場合にも使うことがあります。乾杯の音頭は、通常は年長者や役職の上の人が行うのが通例ですが、事情によって若い社員や進行役が任される場合もあります。このような場合に、任されたから当然と言わんばかりに進行するのは、列席者に対して失礼になることもあります。そのため「若輩者」として謙遜して進行するのがスマートです。
「若輩者」の使用を避けるべき場面とは?
若輩者は若く未熟であることを表す言葉ですが、使用を避けるべきシーンもあります。
たとえば、新入社員の挨拶や就職活動における面接での使用は控えた方が賢明です。「まだまだ若輩者ではございますが、よろしくお願いいたします」というのは、本人は謙遜のつもりでも、一方で企業側の視点では謙遜ではなく「事実」です。アピールの場である面接で、あえて謙遜したり、未熟であることを表現する必要はありません。
また、若い人だとしても、周囲に認められるような社会的な地位や実績がある場合には「若輩者」を使用しても違和感がありません。「若輩者」は「自分を謙遜して表すための表現」ですので、使いどころによく注意しましょう。
「若輩者」を上手に使ってスマートに挨拶しよう
「若輩者」は様々な挨拶の場面で使われる表現となっていますが、使い方によっては周囲に不快な印象を与えたり、自分の意図したところがよく伝わらない場合もありますので、TPOをよく考えて使用するようにしましょう。
日本語では謙遜して周囲を立てるという敬語表現を使うことがビジネスでのマナーとなっていますが、周囲を立てることで自分も立てられるようになります。「若輩者」の正しく使ってスマートに挨拶することで「さすがだ」「期待できる新人だ」と思ってもらえるようにしたいものです。