「拝見する」は意外に間違いの多い敬語なので要注意
ビジネスの場では基本的に敬語での会話を行いますが、長く営業の仕事をしているような人であっても、実は意外と言葉の間違いは多いものです。特に、普段から何気なく使っている言葉ほどその間違いに気づきにくいので注意が必要です。
何かを見る時に使う「拝見する」は、間違えやすい敬語表現です。簡単そうに思えても間違いが頻発する「拝見する」の正しい使い方について確認してみましょう。
「拝見する」の意味や使い方の基本をチェック
ビジネスシーンでよく使われる「拝見する」は「見る」の敬語表現になりますが、その意味や使い方について基本的なところからおさらいしてみましょう。
「拝見する」は「見る」の謙譲語
「拝見する」は、多くの人がご存知であるように「見る」の敬語表現、より詳しくは謙譲語にあたる言葉です。謙譲語というのは、自分がへりくだる(下手に回る)ことによって、相対的に相手を高めて立てるための言葉です。
「拝見する」の「拝」には「拝する、おがむ」という意味があり、相手や対象を見る際に敬意をこめて見るという意味を持ちます。そのため、「拝見する」だけでも十分に敬語表現となります。
「拝見する」のような謙譲語は、基本的に自分や自分の側の組織や企業などを主語として使う言葉です。そのため、相手の見る動作に対して「あなたが拝見した」と使うことはありません。「A部長が書類を拝見しました」という場合は、自然と話している相手は社外の目上の人(A部長よりも役職が上)もしくは社外の人となります。
また、「拝見する」はすでに敬語表現になっていますので、「拝見させていただきます」のような使い方は二重敬語にあたります。二重敬語は失礼になる場合もありますので注意しましょう。
「拝見する」を使うシーン別の例文
「拝見する」は「見る」の意味ですので、多様に使うことができますが、完全に「見る」と同じように使えるわけではありません。使用可能なシーンを具体的に見てみましょう。
資料などを見る場合の「拝見する」
「拝見する」を使う場合として、取引先や上司など、目上の人と同席している際に何かを見る場合があります。資料や写真など様々ですが、この場合は「拝見します」と言って見るようにします。
―こちらに新しい企画の資料がございます。ご覧いただけますか?
―ありがとうございます。拝見します。
―新しくなったWebサイトを拝見しました。素敵な作りになっていましたね。
見積書など確認する場合の「拝見する」
「拝見する」は、「見る(ただ単に見る)」ことから転じて「目を通す」「内容を確認する」という意味で使われることもあります。
―先日の商品について見積書ができましたので、送付させていただきます。ご確認ください。
―ありがとうございます。本日中に拝見し、ご連絡いたします。
人に会った・人を見た場合の「拝見する」
「拝見する」には、「見る」から転じて「会った、見た」という意味もあります。会ってちゃんと挨拶をしたり対話をしたりした場合に使います。遠目で見たり存在を確認したりした場合に使う「見かけた(お見かけした)」とはニュアンスが違いますので気をつけてください。
また、この場合は「お顔を拝見する」「姿を拝見する」「様子を拝見する」などという使い方をします。
「先日は、元気なお姿を拝見することができて嬉しかったです」
「久しぶりにAさんのお顔を拝見しまして、こちらも元気になった気がします」
「拝見する」の間違った使い方をしないための注意点と例文
「拝見する」は比較的見かけることの多い表現ではありますが、間違った使い方をしていることも少なくありません。ここでは、「拝見する」の間違った使い方をしないための注意点を紹介します。例文を見ながら確認しておきましょう。
「拝見します」は「拝見する」をより丁寧にしたい時に使う
「拝見する」はすでに敬語表現になります。より丁寧にしたい場合は「拝見します」を使います。よく「拝見いたします」という使い方がされていますが、「いたします」は謙譲語「いたす(する)」の丁寧な表現になりますので、「拝見」と続けると二重敬語となり、回りくどくなります。
同様に「拝見させていただきます」も、「拝見」に「させていただく(させてもらう)の謙譲語」がつきますので二重敬語ですので本来は間違いです。気にしない人も多いですが、気をつけておいて損はありません。
「拝見する」の間違った例文・正しい例文1
以下の「拝見いたします」や「拝見させていただきます」などのように、間違った使い方をしないよう気をつけましょう。
×「資料の送付ありがとうございました。本日中に拝見いたします」
×「資料の送付ありがとうございました。本日中に拝見させていただきます」
○「資料の送付ありがとうございました。本日中に拝見します」
「拝見しておいてください」はNG
メールなどで「資料を送付いたします。ミーティングまでに拝見しておいてください」という文面を見ることがありますが、これも「拝見する」の間違った使い方です。
「拝見する」は謙譲語表現であり、自分が主語になる場合に使います。「拝見しておいてください」は命令になりますので、主語は自分以外の誰かです。自分以外の人に何かを見て欲しい場合には、「ご覧になっておいてください」もしくは「目を通しておいてください」「お目通しください」「ご確認ください」などが適切です。
「拝見する」の間違った例文・正しい例文2
「拝見しておいてください」という表現は、それほど頻繁に使われているわけではないものの、やはり自分が「拝見する」という言葉を使う際には注意しなければいけません。
×「資料を送付いたします。ミーティングまでに拝見しておいてください」
○「資料を送付いたします。ミーティングまでにご覧ください」
○「資料を送付いたします。ミーティングまでにお目通しください」
○「資料を送付いたします。ミーティングまでにご確認ください」
「拝見する」を使ったビジネスシーンでの例文
「拝見する」を使った例文で、細かい部分を確認しつつ、ビジネスシーンでの正しい使い方が身につくようにトレーニングをしてみましょう。
「拝見する」を取引先とのメールのやりとりで使う例文
取引先とのメールのやり取りで
いつもお世話になっております。
先日はお見積書の送付、誠にありがとうございました。
拝見いたしました所、こちらの連絡漏れで商品の種類に間違いがございました。
大変お手数ではございますが、商品Aの部分を商品Bに変更していただき、再度作成いただけますでしょうか?
何卒、宜しくお願い申し上げます。
こうしたメールのやり取りは普段から行われているため、あまり気に留めないことも多いのですが、「拝見いたしました所」は「拝見しました所」が正しい使い方になります。
もちろん、相手側に対して使い方の間違いを指摘することはありませんが、こういった間違いを見つけた時に自分の使い方をチェックすることが大切です。くれぐれも、「これでもいいんだ」と思って確認せずに間違った使い方を覚えないように注意しましょう。
また、「拝見しました」は「拝見いたしました」よりも2文字少なく、「拝見させていただきました」よりも6文字少ないです。わずかな差に見えるかもしれませんが、文章全体でこうした書き方の違いがあると、読みやすさや内容の理解に大きな差が出てきます。
さらに、メールの送り先が携帯電話の場合も、敬語表現に間違いがないかよく確認することが大事です。一昔前なら、携帯電話へのメールには厳しい文字数制限がありましたが、今では制限がほぼ無いために細かく見直すことが少なくなっています。ただ、今はできるだけ相手の時間を奪わないようにすることがマナーになっていますので、丁寧さは保ちつつもスッキリとした文が書けるように日々練習しましょう。
「拝見する」を上司との会話の中で使う例文
上司との会話で
「A部長、先日の成果発表会での発表、拝見させていただきました。堂々としたプレゼンテーションで、流石だと感じるしかありませんでした」
「またまた。B君はいつも口が上手なんだから。本当にそう思ってる?」
「当然ですよ。本心です、本心。ところで、先日、駅前で部長の奥様を拝見いたしました。お子様もご一緒でしたよ」
「そうなの?家内はそんなこと一言も言ってなかったけどなぁ。」
「あ、遠目でお見かけしただけですので、直接はお話していません」
「そうか。そういえば、明日は息子の誕生日だった。きっと、プレゼントやケーキの物色に行ったんだな」
「なるほど。じゃあ、部長も明日は早く帰宅しないといけませんね。部長も今晩、明日のお土産を何にするか拝見しておいた方がいいんじゃないですか?」
「こらこら。君に言われることじゃないよ」
この例文では、いくつも「拝見する」が使われていますが、正しい使い方はいくつあるでしょうか。実は全部間違いです。ただ、会話が成立していることからもわかるように、通じないということはありません。
まず、冒頭の「成果発表会での発表、拝見いたしました」は「拝見しました」が正解です。二重敬語はできるだけ避けた方が意味も取りやすく、会話もスッキリしてテンポがよくなります。
次に、「部長の奥様を拝見いたしました」は文法的も「拝見しました」を使うべきですが、根本的にこの場合は「部長の奥様をお見かけしました」が正解です。「拝見いたしました」を「会った」意で使う場合には、顔を合わせて挨拶するくらいの接触があるのが普通で、直接話してないようなら使うべきではありません。
B君の最後のセリフで、「明日のお土産を何にするか拝見しておいた方が」ですが、ここでは「明日のお土産を何にするかご覧になっておいた方が」が正解です。この場合に見ておくのはA部長ですので、謙譲語の「拝見する」ではなく、尊敬語の「ご覧になる」が適当です。
「拝見する」の間違った使い方はダイバーシティの観点からは好ましくない
「拝見する」の正しい使い方を紹介してきましたが、実際の現場ではまだまだ「拝見させていただきます」「拝見いたします」のような二重敬語が多く使われており、それも認められるようになっています。しかし、今広がっているダイバーシティ(人材の多様性)の観点からはあまり好ましいことではありません。
日本での敬語表現は、昔の身分制度から生まれているもので、古典などでも二重敬語が普通に使われていたり、時には三重敬語もあったりします。また、国語の問題でもよく出題されていたように、敬語を見れば誰に対して発言しているものかもわかりました。
しかし、明治維新によって士農工商などの身分制度が無くなって民主化が進み、大戦後は一般的に身分や階級が無くなってきましたが、まだ敬語には昔ながらの風習が強く残っています。日本で働く外国人の中には言葉遣いの風習を不思議に思ったり、使い方が複雑すぎて習得できないと感じていたりする人も少なくありません。
「拝見する」はビジネスでよく目にする表現であるだけに、正しい使い方を学ぶことは、日本で働く外国人たちの負担を小さくすることにもなります。できるだけ正しく使うように、日本人も努力しましょう。
「拝見する」の類語表現
「拝見する」は意味の上で、また使い方や言葉の作りが似た言葉がたくさんあります。「拝見する」の類語表現を覚えて、適宜使い分けられるようにしておきましょう。
「ご覧になる」は敬意を示すべき対象が主語になる尊敬語
「ご覧になる」は「見る」の敬語表現になりますが、こちらは尊敬語にあたります。尊敬語と謙譲語の違いは、尊敬語は敬意を示すべき対象が主語になることで、自分を下げる謙譲語とはまた違った敬語の表現になります。尊敬語は自分の行動に対しては使えないので注意しましょう。
「A部長が書類をご覧になりました」と言った場合、A部長に対して敬意が向いているのに対し、「A部長が書類を拝見しました」と言った場合、A部長は自分と同じ立場で目上の第三者に敬意が向かっていることになります。
「見られる」は若い人がよく使う敬語表現
「見られる」は「見る」に尊敬を表す「られる」をつけて敬語表現にしたもので、若い人が使う傾向があります。もちろん敬語表現には違いないのですが、受け身の「見られる」と誤解を生じさせるなど、回りくどくなりますので「見る」の意であれば「ご覧になる」を使うと、コミュニケーションがスムーズになります。
△「こちらの資料を見られましたか?」
○「こちらの資料をご覧になりましたか?」
「拝謁する」は身分の高い人に対して使う尊敬語表現
「拝謁する」は「はいえつする」と読みますが、「見る」の敬語表現です。この場合、身分の高い人に対して会う場合に使う尊敬語表現になりますので、かなり堅い表現となります。相手によっては大げさな印象を与えてしまいますので、最大級の敬意を示す必要がある場合に使いましょう。
例文としては「県知事がいらっしゃることになり、私も拝謁することになりました」というような感じになります。
「拝覧する」は主に歴史的な建物や美術品を観覧・鑑賞する時に使う
「拝覧する」は「見る」をへりくだって言う言葉で、拝見するとほぼ同じ意味になります。たとえば、「●●寺の庭園を拝覧させていただきました」というように、主に歴史的な建物や美術品などを観覧・鑑賞する場合に「拝覧する」を使います。
「拝観する」は主に神仏を観覧する時に使う
「拝観する」も「見る」をへりくだって言う言葉ですが、「●●寺の本尊を拝観する機会をいただきました」というように、主に神仏を観覧する際に使います。
「拝読する」は読むことに重点が置かれているニュアンス
書類やメールに目を通すという意味では、「拝読する」も「拝見する」同様に使うことができます。こちらは「社長が雑誌に寄稿された記事、拝読しました。含蓄のある素晴らしい内容でした」というように、読むことに重点が置かれているニュアンスです。
「拝見する」は二重敬語などに気をつけて正しく使おう
「拝見する」は普段から何気なく使っているものの、実は意外に間違いも多いので注意しなくてはならない表現です。意味上の間違いは少ないものの、謙譲語であることを無視した使い方や、二重敬語に気をつける必要があります。よりスッキリ、明確なコミュニケーションをするためにも、「拝見する」の正しい使い方を身につけましょう。