シンギュラリティが人間にもたらすものをあなたはどう考えますか
「シンギュラリティ」は今、世間を騒がせているキーワードのひとつです。「技術的特異点」と訳され、人工知能が人間の知能に追いつき、追い越す時を指すこの言葉は、将来の人間の生活を考える上で強く関心を引く概念ではないでしょうか。シンギュラリティの実現は差し迫っているとも、当面先とも言われていますが、実際のところは誰にも正確にはわかりません。
大学生の酒井君も、将来のことを考える上でシンギュラリティの影響を無視できないと考えています。知人の経営コンサルタントのK・エーイ氏に、シンギュラリティと社会について尋ねてみることにしました。
シンギュラリティは敵か?味方か?
―エーイさん、すみません!シンギュラリティについて教えてください!
どうしたんですか酒井君。また藪から棒に。
―シンギュラリティ、やばいじゃないですか!知らなかったじゃ済まない大事なことじゃないですか。なんでみんなちゃんと教えてくれないんですか!
いや、そうかもしれませんけど、どうしてそんなに必死なんです?
―今日、大学で「人工知能とシンギュラリティについて」という特別講義があったので、面白そうだと思って受けてきたんです。そしたら、「近い将来、シンギュラリティが起こり、人間の生活は一変する。多くの仕事は機械に替わられ、人間は生き方を模索せねばならなくなる」とか意うんです。
ほうほう。面白そうな講義ですね。で、酒井君はそれを真に受けて焦っていると。
―そりゃ焦りますよ!仕事なくなったらどうするんですか!それに、もしかしたら人工知能が人間を排除するようになるかもしれませんよ!だから、前もって僕たち人間はシンギュラリティに備えていく必要があるんです!
SFみたいなことを言いますね。でも心配しなくても大丈夫です。シンギュラリティというのは酒井君が焦ったり、怖がったりするようなものではありません。
―え?そうなんですか?講師の人はシンギュラリティが起こるとさも大変なことになるように言ってましたけど。
まあ、多少の誇張はあると思いますけど、多分そういう意図で話していたのではないと思いますよ。ただ、シンギュラリティがあるという前提でキャリア設計などはしておいた方がいいでしょうね。
―僕の認識、どこが間違ってるんでしょうか?
そうですね、まあシンギュラリティそのものは概念として提唱されているだけで、実際には本当にあるかどうかわからないものです。そして、シンギュラリティがあると仮定した時に、敵か味方かはわかりません。シンギュラリティに到達する時に、コントロールする人間側の技術レベルなどがどうなっているかにもよりますしね。
―そういうものなんですね。取り越し苦労だったのかな。
人工知能に関する議論はだいぶ加熱していますし、ブームもありますから刺激的な議論も多く見られます。起こる可能性は少なくないとは思いますが、不必要に不安を煽るような言い回しはあまりよくありませんね。
そもそもシンギュラリティはどういう状態?
ちょっと落ち着いて、シンギュラリティについて整理してみましょうか。
―はい、お願いします。
シンギュラリティ(技術的特異点)とは、人工知能(AI)が発達し、人間の知性を超えるレベルに達するという概念です。
―はい、そう聞きました。
このシンギュラリティを、人工知能研究の権威であるレイ・カーツワイル博士が人工知能の将来の可能性のひとつとして提唱したことで注目されるようになりました。専門家って、こういう予言者的な部分があるんですよね。
―そのシンギュラリティを研究している人が言うんですから、そうなのかなってみんな思うと思います。
そうですね。それで、カーツワイル博士によれば、シンギュラリティは2045年には生じると言われているんです。これは、人工知能の性能が指数関数的に伸びていることからそう考えることができると言うんですね。
―今のAIブームもそうした中で生じているものだと聞きました。
はい。だから、今や今後の10年くらいをプレシンギュラリティと表現したりする人もいるみたいですね。実際、AIが仕事を奪うような話もすでにいっぱい出ていますよね。シンギュラリティが起こると、仕事だけでなく、多くの部分で人間の活動を人工知能を搭載した機械が代替するようになると言われているんです。
―もう、それを考えると今後就職する僕たちって将来仕事取られちゃうじゃないですか!
だから、シンギュラリティ論者やAIの専門家たちは、人工知能にできない分野で主に働くようにするべきだとか警鐘を鳴らしているんですね。単純な労働や分析・判断に関する仕事は特にAIに奪われる可能性が高いと言われています。
―やっぱり大変じゃないですか。これからの仕事選びはよく考えないといけませんね。
そうかもしれませんね。でも、機械と人間の違いをちゃんとわかっていれば、そこまで怖いものでもないと思いますよ。シンギュラリティが起こると言っても、全ての面で機械が人間を上回るとは言っていないんです。
人間と機械は違うもの、人間ができることは多い
―シンギュラリティが起こったら、人間以上の知能を機械が持ちます。で、機械って人間よりたいてい丈夫で疲れないじゃないですか。人間ができることってあるんですか?
たくさんありますよ。たとえば、機械というのは抽象的な思考をしたり、新しい発想をしたりするのは苦手なんです。だから、デザイン関係や企画などの仕事はおそらくできないと言われています。また、ショービジネスなどもできないでしょうね。
―機械にショービジネスはできないんですか?
はい。人口知能搭載のロボットがアイドルやプロレスラーになることは考えにくいです。機械というのは空気が読めませんから。
―そうなんですね。でも、SF小説やマンガなどではよく機械が感情を持っていますよね?
将来的には可能性はあるのでしょうが、現時点では言葉の意味を解したり、特定の情報から感情を分析はできても、持つことはできていません。これはしばらく難しいと思います。そのため、医療や介護、教育などの分野では完全に人間に替わるのは難しいだろうと予想されています。
―そうなんですね。人工知能が活躍しそうな分野なのに。
確かに活躍はするんですが、サブ的な役回りがメインになるでしょうね。
―他にも機械ができないことってありますか?
たくさんあると思いますが、基本的に機械って目的に沿って作られるものなんです。人工知能も、ある分野に特化したものばかりです。だから、何でもできる人間のようにはできません。
―ん~わかるような、わからないような。
たとえば、自動車の自動運転用に作られた人工知能が、いくら高性能だからと言っても新聞記事を要約して伝えるのは難しいということです。
―できないんですか?できなくとも、いくつかの人工知能を載せたらいいのでは?
コストの問題や、それを搭載するハードの問題があります。昔はCPUの性能は指数関数的にどんどん上がっていくと言われていたのですが、頭打ちになりつつあります。それは、超高速で動くCPUは作れるとしても、そこで発生する熱量がものすごくなるためで、すぐに故障するんですね。プログラムやデータは搭載できても、それを活かせるハードが低コストで供給できるかが問題です。だから、人間のように何でもはできません。
―機械が特化した分野で人間を超えるなら、それでいい気がしますけどね。
そうですね。機械が様々なことを代替してくれるようになれば相対的にそのサービスは安くなり、人が働くにも魅力はなくなります。そうなったら、人間は持っている能力でもっと価値が出ることをしたらいいんです。「機械にはできない」ということで保育士などは給与なども上がるんじゃないですかね。
シンギュラリティにベーシックインカムはつきものの話
―そういえば、ちょっと頭が内容に追いつかなかったんですが、シンギュラリティが起こるとベーシックインカムが必要になるということを話していた気がします。
そういう話もありますよね。簡単に説明すると、シンギュラリティによって人間の仕事が減ってしまえば、生活の糧がなくなるので最低限は政府で保証してあげる必要がある。そこで一定の収入を全国民に与える「ベーシックインカム」が必要となるという理屈ですね。
―それって、とてもいいことな気がしますけど、どうなんでしょうか?
人間の仕事を全部機械がやってくれて、生産された商品やサービスを人間が使うためにベーシックインカムが必要だというのなら良いことですよね。労働からの開放って感じで。
―そうじゃないベーシックインカムの考えがあるんですか?
はい。シンギュラリティが起きて行っていた仕事を機械に奪われた結果、生活保護政策としてベーシックインカムが必要になるというものです。
―う~ん、違いがちょっとわかりません。
前者は、人工知能によって生産性が向上し、働かなくとも生活することができる人が増えた結果です。働かなくなると収入がなくなり、消費も減って産業が縮小していく可能性があるため、ある程度消費活動もしてもらうためにベーシックインカムを行います。後者は、働かねば生活できないのに働くことができなくなるために導入される点が違います。
―なるほど。前者のようになるといいですね。
前者のような形になると、人間は人間らしい創造的な知的活動などにより従事しやすくなるはずです。ちょっと例として適切かはわかりませんが、昔のローマやギリシャなどで哲学が栄えたのは、市民が奴隷を公然と使う権利があったからです。生活に必要なことは奴隷が行うため、貴族たちは哲学や芸術、文化に没頭できたんですね。
―現代の感覚だとあまり喜ばしい例ではないですが、創造的な活動が多くできるというのは機械との差別化という点でも大事な気がしますね。シンギュラリティが起きても良い形でベーシックインカムができることを願いたいです。
シンギュラリティに備えてするべきこと
―大学の特別講義では「シンギュラリティに対して備えよ」という話がたくさんあったのですが、やっぱり備えておいた方がいいんですか?
そうですね。シンギュラリティというほどではないにせよ、確実に人工知能は現存する仕事を奪っていってますからね。自動車の自動運転については、もう何年も前から炭鉱などでは実は使われていて、単純な経路を自動で運行して鉱石などを運搬しています。
―そういえば、飛行機や電車もほとんど自動運転だと聞いた気がします。
そうですね、シンギュラリティに向けてそういう形でどんどん私たちの生活が変わっていくのでしょうね。チャットボットの登場によってコールセンターや企業の問い合わせ対応なども減ってきていますし。だから、新しい時代にも対応できるよう自分づくりをする必要がありますね。
―こういう時代になってくると、何を備えておいたらいいんでしょうか?
まずは人間の優位性である「発想力」「想像力」などを磨くことですね。何がそれを生み出すかわかりませんから、いろんな勉強や経験をすることが大切かなと思います。あと、たくさん本を読むことをおすすめします。人間は本を読んで色々考えますが、機械はデータを保存することや分析することしかできません。
―それを聞くと機械ってすごいと思うんですが、人間はもっとすごいんですね。他にもありますか?
まあ、後は感情を表現したり、空気を読んだりという人間らしい能力を大事にしてほしいですね。つまりは対人コミュニケーション能力を磨くことです。
―なんだか就活課の人みたいですよ、エーイさん(笑)。でも、シンギュラリティに備える上でもコミュ力を磨くことは大事なんですね。
ビジネスの相手は基本的に人間ですからね。将来的に機械とビジネスするようになれば違ってくるかもしれませんけど。特に、読む、書く、話すという基本的なスキルこそコミュニケーション力を作る上で大事で、機械にはなかなか難しいことなんですよ。
シンギュラリティの訪れは期待して良い
―結局、シンギュラリティってどういう見方をしていくのがいいんでしょうね。怖がるべきなのか、期待した方がいいのか。
私は期待したほうがいい概念だと思いますよ。だって、人間が機械を使いたいと思う状況というのは基本的に「面倒」で「辛い」分野です。もしくは「よほど儲かる」分野です。
―そうか!それならシンギュラリティが起こってくれた方が、社会的には良くなるんですね。
はい。そうです。「3K」と言われるような仕事や、単純作業が無くなり、より生産性の高い仕事が人間に回ってくるようになる。また、商品やサービスの価格が下がる可能性もあります。
―シンギュラリティでそれが実現すると素晴らしいですね。
シンギュラリティは、今の機械学習や人工知能の延長線上にあり、自ら成長して知能を獲得することも視野に入れています。一度獲得された学習情報は、コピペで簡単に増殖も可能ですから、知的労働の一部は必要なくなり、たくさんの商品やサービスの価格に波及するはずです。
―他には何が期待できますか?
脳の記憶のコピー・保存ができる技術が開発されるとか、VRでの体験が実際の体験と変わらないレベルになるとか、生物を人口的に作れるとか、ワープが可能になるとかまさにSF的な内容が言われています。まあ、この辺はまだまだ期待という段階だとは思いますが、興味深いですね。
―シンギュラリティというのはなかなか刺激的な概念ですね。しかも、現実味が多少あるというところがまた不安も期待も駆り立てます。でも、機械に何でも奪われるわけじゃないようなので安心しました。機械に負けないよう、人間らしさに磨きをかけられるよう頑張りたいと思います。
シンギュラリティは過剰に恐れなくて大丈夫
シンギュラリティが話題に上る時、その多くは私達の今の生活が脅かされるという衝撃的なものになりがちです。しかし、人工知能のできることが増えるに連れ、人間の優位性もまた明らかになりつつあります。シンギュラリティを過剰に恐れず、機械にはできない人間らしい部分を磨いておくのが一番良い準備になるでしょう。