職場で生じている「モビング」を知っていますか?
労働環境は職場のルールによって作られるものだけでなく、会社に所属するひとりひとりが作っていくものでもあります。労働環境を悪くする要因として近年注目されているのが「モビング」ですが、まだまだ認識が十分に浸透しているとは言えない状態です。
大学生の酒井君は、学校の授業でモビングという言葉を聞いて興味を持つようになり、知人でメンターと仰ぐ経営コンサルタントのK・エーイ氏にモビングについて尋ねてみることにしました。
そもそもモビングとは?
―エーイさん、おはようございます。今日はモビングについて教えてほしいんですが。
はい、大丈夫ですよ。それにしてもモビングだなんて、何かあったんですか?
―え?授業で聞いただけですけど。
それなら良かったです。もしかして酒井君がモビングに遭っているのかと思いました。
―モビングってやっぱりまずいんですか?学校の教授が授業中にさらっと「モビングが最近は職場の問題になっている」という話をされていたので気になっちゃって。
では、その意味はちゃんとわからないってことですか?
―はい。わかりません。
なるほど。では、まず言葉の説明からしましょう。「モビング」というのは、元々は自然界の動物たちの活動で、集団で敵などを追い払う行為を言います。直接的に攻撃をしかけるわけではないですが、嫌がらせをするようなイメージです。鳥の巣に近づくと周囲に鳥が集まって飛び回って威嚇したり邪魔をしたりするような行動のことですね。
―そういう意味なんですね、モビングって。でも、それが何で職場の問題なんですか?立地が悪いとか?
酒井君の教授が口にしたモビングというのは、自然界におけるモビングではありません。今はこの言葉が転用されて、職場における集団的な嫌がらせを指すようになっているんです。
―そうなんですか!それでエーイさんは心配してくれてたんですね。
そうです。モビングというのは職場だけでなく、学校やサークル、地域など様々な単位で起こりうる問題ですからね。何がキッカケで生じるかもわからない部分もありますので、ちょっと心配しちゃったんですよ。
職場におけるモビングの例
―モビングの意味はわかりましたが、職場におけるモビングってどんな感じなんですか?
例えばですけど、A部長がターゲットとなっていて、部下たちが結束してモビングを行うケースがあります。
―モビングは、同僚や若手だけじゃなく、上司もターゲットになったりするんですね。
はい、そうですね。モビングの特性を表すのに良い例じゃないかと思うのでこの例で話を進めますね。モビングというのは集団で行ういわば社内での嫌がらせやハラスメントになるのですが、モビングは特定の人を孤立させるための囲い込みが行われます。
―孤立させるとか囲い込むとか、何だか怖い話ですね。
はい、実際怖いんですよ。モビングの特徴は、巧妙かつ公然と、そして頻繁に多数の人によって行われるところにあります。この例の場合、A部長をみんなで総スカンというか、部長らしく扱わないことによって実行されます。
―部長らしく扱わないってたとえばどういうことですか?
仕事上の必要な相談などをまるでしない、部内の公的でない集まりには一切誘わないなどですね。
―でも、そんなことしたら仕事が進まなかったり、評価が下がるんじゃないですか?
はい、普通はそうです。しかし、こうした場合には実は部長よりも上の社長や役員などがモビングの首謀者であることもあるんです。名指しはしないものの、明らかにA部長を批判する形で「上司とはこうあるべき」というような話をしたり、一般の社員に「何でも私に相談しなさい」と言ったりして、部長抜きでも全てが円滑に回るようにするんですね。
―それって社長も大変じゃないですか?部長に仕事をさせたらいいのに。
それだけ社長が部長に対して悪感情を持っているってことですね。それで、最終的に「A部長に対する不満の声が多い」「A部長は管理職として適切な仕事をしていない」と言って降格させたり、転勤や退職に追い込んでいくんですね。仕事が上手くいくとかいかないとかよりも、ターゲットを排除したい、陥れてやりたい気持ちの方が強いんです。
―すごい悪質じゃないですか!陰謀だ!
まぁ、職場のモビングは陰謀と言えば陰謀ですよね。意図的な場合もあれば、意図的ではないけど同様の状況になっている場合もあります。いずれにせよ、A部長がメンタル上も大変な状況に追いやられることは言うまでもなく、実際モビングが原因で健康を崩したり心の病を生じてしまうことが多いです。
職場でモビングが生じやすい条件
―職場のモビングって怖いものだということがわかりましたが、どういう環境で生じやすいとか傾向はあるんでしょうか?傾向がわかれば注意はできる気がするのですが。
まだモビングについてハッキリとした統計があるわけではないのですが、聞こえてくる情報からはいくつかポイントになりそうなものはありますね。
―ぜひ教えてください。
わかりました。まずは「中央集権型の組織」ですね。創業者や社長など、強いリーダーシップを持った人が会社全体の管理を全て行っているような場合に多く見られます。
―それってつまり、さっきの例のようにトップが気に入らない人にモビングが行われることがあるってことですか?
はい、そうです。先程の例のように感情的な理由だけでなくとも、トップは会社のためを思い、加担している人も普段通り指示を守っていたら、モビングになっていたという場合もあります。どちらにせよ、「中立の立場で止める人、相談できる人がいない」ことが問題となります。
―なるほど。他にもありますか?
あまりにも上司がビジネスライクな組織でも起こりやすいですね。こうした場合、モビングが部下の間で発生していても「業務上影響が無ければ良い」という見方をしたり、「私事の問題で業務に影響が出るならプロではない」というような態度を取ったりして関わろうとしないんですね。それで組織におけるモビングがより強くなることもあります。組織によっては直接顔を合わせることがほとんどない上司もいたりしますが、そういうケースでもモビングは起こりやすいと言われています。
―モビングが生じやすいかは、上司の人格にかかっているって感じなんでしょうか。
必ずしもそうではないのですが、上司が人間関係に敏感な人か、また仲裁に入ってくれるかは実際大きな影響がありますね。
―いい上司に当たりたいなあ。
まあ、今の人事評価はそういう点も多少考慮している所が増えていますから、過剰に心配する必要はありません。ただ、中小だと人材の選択肢が少ないためにどうしようもない場合もあるかもしれませんが。
―中小企業ってそういう難しさもあるんですね。
もちろん従業員間の関係がとても良い企業もたくさんありますよ。いずれにしても、モビングがある職場では人の好き嫌いが強く出ていたり、人間関係の悪い状態を放置しておく傾向があるのは間違いありません。モビングがある職場では、加害者側が会社を移ることはありませんから、繰り返しそういった問題が生じるので、一度モビングを見たら「明日は我が身」と注意しておく必要がありますね。
モビングが起こると職場に様々な問題をもたらしてしまう
―モビングの最終的な目的は、ターゲットになった人を退職や降格などに追い込むことだとエーイさんはおっしゃいましたが、他にも問題はあるんですか?
そりゃあたくさんありますよ。先程言った心の病もそのひとつですよね。
―そうですね。そういう仕打ちを受けてしまったら、職場に行くのも怖くなってしまいますよね。
退職や休職、降格ということになったり、精神的に病んでしまうことになれば、当然家族がいる人には家族の生活にも大きな影響が出てしまいます。問題が生じるのは職場の中だけとは限りません。
―そこまでは考えていませんでした。影響は長く続きそうですね。
当然です。再就職する際にも、退職理由を聞かれて「職場でモビングがあって」と言えればいいですが、言ったところで個人の気質や人格などにネガティブな評価をされるだけです。キャリアにも傷がついてしまいます。
―モビングがあった職場でも、ターゲットが排除された後にも影響ありそうですね。みんなが互いにビクビクしそう。
そうですね。特に日本人はこういう場合に職場で互いが互いに気を遣いながら仕事をしそうですもんね。だから、当然モビングが発生しないことを祈るべきですね。そして、いざという時には適切な対応をしていくことが重要になりますね。
職場でモビングが疑われる状況になったらどうしたらいい?
―モビングに対する適切な対応って、どうしたらいいんですかね。
そうですね、まずは相談できる人を探すことが大切ですね。モビングが進んでくると、誰が味方になりうるかもわからなくなってきますから、早めに動くことが大切ですね。
―でも、相談した人が向こう側だったりすると怖いなぁ。
そういう場合は、第三者機関に相談するか、早めに転職などを検討した方が良いかもしれません。本来は労働者の労働環境を守るのは人事の仕事なのですが、難しいことも多いです。また、面と向かってモビングに抵抗しても、良い結果になるとは思えません。諸外国ではモビングは犯罪扱いで、WHO(国連国際保健機関)でもモビングについて職場で対策を講じなければならないとされています。ただ、実際に裁判などで実刑が必要となることってあまりないそうです。
―何だか悔しい感じもしますが、仕方ないんでしょうね。まあ、モビングがある職場なら無理に残りたい環境とも思えないしドライにやるしかないのかな。第三者機関ってどういうところですか?
労働基準監督署や、弁護士などになりますね。ただし、モビングが行われているという証拠にあたるようなものがないとどうしようもありませんので、ある程度自分で探っていく必要がありますね。
―うーん、難しいものですね。職場を離れるのが第一の選択肢なんでしょうけど、モビングの企みに対して屈したみたいでシャクだなぁ。
まあ、モビングを平和的に解決するのはかなり難しいと言わざるを得ませんが、何か特別な理由があって生じているものであれば、その原因を突き止め、改善することで解消されることもあります。何もしないでただ忍耐するのが一番の悪手で、どんどん孤立を深めるので避けるべきです。
職場のモビング防止のためにできること
対処が難しいモビングは、そもそも発生しないことが一番ですから、防止策を考えるのが一番良いと思います。
―モビングの防止って、どうしたらいいんでしょうね。やっぱり仲良くすることでしょうか。
そうですね。仲良くできるのが一番だと思います。そして、社会人として職場の上司や同僚と仲良くするためには「責任感」と「マナー」が大事だと考えます。
―「責任感」と「マナー」ですか?笑顔とか愛嬌じゃないんですか?
笑顔も愛嬌もあれば良いとは思いますが、それでも社会人だとまず仕事ができない人は排除の対象になりかねません。会社は仕事をするための集まりですから、与えられた仕事を責任をもってきちんと果たすこと、それがまず一番大事なことです。いい加減な仕事をしたり、与えられた役割をきちんと果たせないような人に良い感情を持つ人はいないでしょう。
―なるほど。お友達付き合いとはまた違った観点が必要なんですね。
はい、そうです。そして、笑顔や愛嬌も含まれるかもしれませんが、社会人としてのマナーをしっかり身につけるべきだと思います。挨拶をしたり、身だしなみを整えたり、お礼を言ったり、相手を尊重して互いに気分良く仕事に打ち込めるようにすることは非常に大切です。ビジネスマナーは形も大事ですが何より精神が大事ですから。
―責任感とマナーですね、なるほど。モビングって悪感情から生まれるって仰ってましたが、だから防止策は悪感情を持たせないということなんですね。
はい。まずはモビングの防止策としてそこが大事ですね。そして、自分がモビングの加担者にならないためにも社会人として高潔な精神を持っていてほしいと思います。誘われたり協力を求められても、背景の事情まできちんと考えて判断するようにしてほしいですね。
―社会人の職場における心構えって、仕事だけではなく、人間関係においても考えておく必要があるんですね。モビングのようなことが起こり得ると思って、周囲の環境や自分の言動にも気をつけていきたいと思います。エーイさん、ありがとうございました。
職場のモビング問題に巻き込まれないためには周囲と良好な関係を築くことが大事
職場におけるモビングの問題は、日本国内でも少しずつ話題に上がるようになってきています。一度生じてしまうと、円満な解決に至ることは少ないため防止に務めましょう。
モビングに巻き込まれないためには、責任のある仕事をし、またマナーを大切にして周囲と良好な人間関係を築くことが一番です。