イクメンこそパタハラを受けやすい!?
近年、積極的に子育てをする男性「イクメン」が増えていますが、その裏にはパタハラ問題が潜んでいると言われます。パタハラに関する法律が改正されたり、各企業でもパタハラをなくすための様々な取り組みが行われたりしているものの、職場でのパタハラに悩む人すべての状況改善にはなかなか結び付いていません。
子育てに熱心な男性を指す「イクメン」という言葉がまだそれほど知られていなかった頃は、パタハラも今ほど注目されていなかったのではないでしょうか。パタハラ問題は、イクメンが世間に浸透した証とも言えるでしょう。
今回、パタハラ関連の相談を受けることが増えた社労士のジョブさんが、パタハラの実態調査のため社会人サークル仲間であるパタハラ経験者の月島さん、佐々木さん、中田さん、八木さんの4人に実際の事例や対策法などについての話を聞きました。
職場で増えているとされるパタハラとは?
―今日はお忙しい中、集っていただきありがとうございます。最近パタハラに悩んでいる人からの相談をよく受けるようになったので、実態調査のためパタハラ経験者の皆さんに協力してもらおうと思いました。よろしくお願いします。
全員「そちらこそ、よろしくお願いします。」
―早速ですが、皆さんは「パタハラ」がどういう意味なのか知っていましたか?
月島・佐々木「実際にパタハラをそういう言葉があることも知りませんでした。」
中田・八木「言葉は聞いたことがありましたけど、詳しい意味までは分からなかったです。」
―そうなんですね。パタハラとは『パタニティ・ハラスメント』の略で、子育てのために育休(育児休暇)取得や時短勤務を希望する男性社員に対する嫌がらせのことです。パタニティは『父性』を意味します。一方で、妊娠・出産、子育てなどがきっかけで女性が受ける嫌がらせをマタハラ(マタニティ・ハラスメント)と言います。
パタハラの原因は古くからの固定概念にある!
全員「今の説明を聞いて、パタハラがどんなものか改めてよく分かりました。」
月島「パタハラはどうして起こるんですか?原因は何なのでしょう?」
―パタハラの原因には『会社自体が育休などの導入に抵抗がある』や『日本は世界的にも男性による子育ての水準が低い』など様々なことが考えられますが、それらのベースにあるのが古くからの固定概念です。
中田「それは、どういうものですか?」
―よくあるのは『男性は外で働き、女性は育児に専念しながら家庭を守る』という概念ですね。
八木「そういえば昔、祖父が同じようなことをよく言っていた覚えがあります。」
―昔は、『男性は働いて、女性は家庭を守るもの』という考えが当たり前だったかもしれません。そのことに疑問を持つ人も少なかったのではないでしょうか。
佐々木「でも、今と昔は時代が違います。それなのに、未だに古い固定概念に縛れている人が多いとは・・・。」
―時代の流れと共に古い考えもなくなればいいですが、残念ながらそう簡単にはいかないものですね。会社全体やそこで働く上司などの固定概念によって、育児に励む男性社員への暴言、減給、降格などのパタハラが起きてしまいます。
佐々木「今思い出したんですけど、育休取得の相談をした僕に上司は良い返事をしてくれませんでした。でも、ずっと後になってから上司はずっと子宝に恵まれず、奥さんは何度も辛い経験をしたって聞いたんです。」
―その上司の方は佐々木くんを羨ましく思い、ついそんなことを言ってしまったのでしょうね。
佐々木「きっとそうだと思います。」
―固定概念の問題以外に、個人的な事情もパタハラの原因になります。佐々木くんの上司のように子育てできることを羨ましく思ったりする人や、自分も昔育休を取りたかったけれど会社に制度がなかったから、今の若い社員も自分と同じ思いを味わったらいいと考え育休の取得を認めない人もいるかもしれません。
月島「個人的な事情をパタハラする理由にしていたらキリがない!例えば会社に育休制度がないせいでパタハラを受けるなら、制度を作ればOKって話だけど、個人的な事情がパタハラの原因となると、どうしたら良いものやら・・・」
―難しい問題ですね。個人的事情は、周囲に話してくれない限り分かりませんからね。パタハラを受けた側がその事情を察知するのは至難の業です。
パタハラの実際の事例はどんなもの?
―皆さんはパタハラを受けた経験者とのことなので、よければ実際の事例を聞かせてください。入社何年目の時、誰に、どのようなパタハラを受けたのですか?月島さん、佐々木さん、中田さん、八木さんの順にお願いします。
月島さんのパタハラ事例
月島「私には、1歳11ヶ月の長男と9ヶ月の長女がいます。接客業に就いて5年目ですが、今年に入り職場の先輩からパタハラを受けました。」
―最近のことなんですね。
月島「そうなんです。ある日仕事中に上の子が40度の高熱を出したので、一緒に病院へ連れて行ってほしいと妻から連絡が入りました。運転免許のない妻が、2人の子供を連れて病院に行くのは大変です。そこで、仕事を中断し中抜けさせてもらうことにしました。」
―月島さがん中抜けさせてほしいと伝えた時の職場の皆さんの反応はどうでしたか?
月島「それがあまり良くなかったんです。首をかしげて嫌な顔をされました。中抜けから戻ったあとも、同僚に○○さん、これやっておいてあげたから!と強い口調で言われてしまいました。」
佐々木さんのパタハラ事例
佐々木「僕がパタハラを受けたのは、建設会社に入社して4年目の24歳の時でした。ちょうど1年前に結婚した妻との間に子供を授かり、これから子育てに励むために育休を取ろうと考えました。」
―それで、どうしたんですか?
育休を取りたいと上司に相談しました。そうしたら子育ては嫁がやる仕事で、男は働いてお金を持って帰れば良いと言われたんです。さらに、社長に聞かれたらクビにされるとまで・・・。」
―そこまで言われるなんて、ひどいですね。
佐々木「ですよね。上司の言葉に、大きなショックを受けました。信頼していた上司にそこまで言われるとは思っていませんでした。」
中田さんのパタハラ事例
中田「自動車のテスト開発に携わっている私がパタハラを受けたのは、入社9年目の時のことです。」
―どんなパタハラを受けたのですか?
中田「我が家は共働きなのですが、妻は出産後早い時期からの職場復帰を望んでいました。なので、妻の子育ての負担を少しでも軽くできればと、出産から4ヶ月間育休を取ろうとした時から上司によるパタハラが始まったのです。育休を取ることで会社に与える損害について何度も言われました。」
―その他にも、何か嫌がらせをされましたか?
中田「はい。会社に与える損害に対してどう責任を取るのかと迫られたうえ、育休は4ヶ月もいらないから1ヶ月にしろ!と、育休の期間短縮を強要されました。」
八木さんのパタハラ事例
八木「僕は、2歳と0歳の娘を持つ父親です。薬剤師として働いていますが、妻がちょうど2人目を出産した際に1ヶ月間の育休を取ろうと上司に相談しました。お互いの親の近くには住んでいなくて、頼れる人もいなかったので。」
―その時に、育休の取得を反対されたのですね?
八木「いいえ、違うんです。その時は育休取得を快諾してくれました。忙しい職場にもかかわらず、育休取得をOKしてくれたことに感謝していました。」
―では、どんな嫌がらせを受けたのでしょう?
「上司は僕にはOKを出してくれたものの、僕がいないところで普通、男の人が育休取らないよね。こっちだって忙しいのに・・・と他の部下に言っているのを偶然聞いてしまったんです。上司の本心を聞いて、悲しい気持ちになりました。」
パタハラを受けた時にどう対処した?
―皆さんの体験談を聞いて、一口にパタハラと言っても様々な事例があることが分かりました。自分たちが受けたパタハラに、どんなふうに対処しましたか?さっきと同じ順に、1人ずつ教えてください。
月島さんのパタハラ対処法
月島「妻と子供を病院へ連れて行き、また自宅に送り届けてから会社に戻り、職場の1人ひとりにお礼と謝罪の言葉を言って回りました。」
―わざわざ1人ずつ?
月島「そうです。正直ここまでする必要があるのか?とも思いまいたが、私が中抜けしたことで、職場の皆に一時的にでも迷惑をかけてしまったのは事実ですから。私の中抜けで職場に漂っていた嫌な雰囲気を改善するには、その方法しか思いつきませんでした。」
―大変でしたね。
月島「はい、仕事と子育ての両立の難しさを改めて実感した出来事でした。中抜けする前に、他の社員に謝罪の意を込めた挨拶をきちんとすべきだったと反省しました。」
佐々木さんのパタハラ対処法
佐々木「社長に聞かれたらクビにされるという上司の言葉が心に突き刺さった僕は、育休申請を社長に知られて首になるならいっそのこと転職しようと思い、退職願いを持って社長のところに行きました。」
―そこまで考えたんですね。それで何と言われましたか?
佐々木「社長が何か言う前に、どうせ会社を辞めるからと思ってパタハラを受けたと正直に打ち明けました。そうしたら、社長は育休取得を許可してくれて、結局退職願いは受理されませんでした。」
―会社を辞めることにならずに良かったですね。
佐々木「男性の子育てに理解ある社長で安心しました。後日、僕に嫌がらせをした上司は社長に呼び出され、注意を受けたようです。その後、僕にもパタハラしたことを謝ってきました。」
―その後、上司の方との関係性はどうですか?
佐々木「僕は希望通り育休を取ることができて、育休が明けてからも上司との関係は良いです。パタハラを受ける前より、上司との信頼関係が深まったような気がします。」
中田さんのパタハラ対処法
中田「育休申請の報告をしに行った日を皮切りに、職場で顔を合わせるたびに取得予定の育休期間を4ヶ月じゃなく、1ヶ月にするように言われ続けました。」
―それで中田さんの取った対処法は?
中田「あまりにもしつこく言われ続けたので、仕方なく1ヶ月で申請しました。」
―何か他の対処法を考えなかったのですか?
中田「その時パタハラに耐えきれなくなっていたので、上司の言う通りにすればすぐ事態が収まるという思いが強かったです。それに上司だけでなく、他の社員たちの反応なども気になり始めて、より良い対処法を考える余裕はありませんでした。」
八木さんのパタハラ対処法
八木「僕に対する上司の陰口を聞いてしまい、とにかく悲しさでいっぱいでした。そんな上司に何も言えないまま育休に入るまでの期間を過ごしました。」
―なるほど。どうして何も対処しなかったのですか?
八木「上司は自分が発した陰口を僕に聞かれてしまったことは知りませんでした。知っていれば上司から何かリアクションがあったかもしれませんが、わざわざ僕のほうから波風を立てたくなかったので黙っていたんです。」
パタハラを受けないための対策を考えよう
―自分が受けたパタハラの対処をし、やはり事態が好転した人もいれば、しなかった人もいるんですね。そして、私は今まで状況が改善されるにしてもされないにしても、パタハラを受けたら何かしらのリアクションを起こすものだと思っていましたが、必ずしもそうではないとは少し驚きました。
月島「パタハラの内容や質によるんじゃないでしょうか。」
―そうですね、きっと。ここまで、皆さんからパタハラの事例や対処法を伺ってきましたが、ベストなのは最初からパタハラを受けないことですよね。
中田「そうですね、そうすればイクメンを目指し子育てに励んでいる男性がパタハラで辛い思いをしなくて済みます。」
―ここからは、子育て熱心な男性がパタハラを受けないための対策を考えたいと思います。皆さんが「これは!」と思う対策を聞かせてもらえますか?
育休制度とサポート体制の見直しをしてもらう
月島「パタハラ防止対策として、まずは育休制度の整備を上司にお願いしてみるのが良いと思います。」
―なぜそう思うのですか?
月島「育休の取得を認めてもらえなかったり、希望より短い期間設定を余儀なくされたりと、育休問題はパタハラを招く一因になります。」
―たしかに、そうですね。
月島「育休を取ると給料が大幅に下がる、業績がダウンするということが起こらないよう、育休取得中に支払われる給料の金額の見直しするほか、他の社員たちでサポートできるような職場体制を整えなければいけません。」
―職場体制を整える一例として、子育てを理由に早退した人から仕事を引き継いだ人が、自分の仕事ばかり増えるという不満を感じることも多いので、1人に負担がかかり過ぎるのを防ぐため、お互いに声をかけ合いながら仕事の作業分担をするなどが考えられます。
社内講習会を開いてもらう
佐々木「僕が効果的だと思うパタハラ対策は、パタハラについての社内講習会を開いてもらうよう上司に頼むことです。」
―社内講習会では具体的にどんなことをするのですか?
言葉だけは聞いたことがあっても、パタハラがどういうものか詳しく分からず、パタハラという認識がないまま嫌がらせをしている上司もいると思います。なので、パタハラという言葉の説明やどんな言動がパタハラにあたるのかなどを社内講習会で説明するんです」
―知っているようで知らないことも多いですから、社内講習会を開いて皆で一緒にパタハラについて学ぶことは良いアイディアかもしれません。
働きながら上手に子育てしている人に話を聞く
―会社に動いてもらうのではなく、個人的にできるパタハラ対策にはどんなものがあるでしょう?
八木「僕は実際、上司に育休の相談をする前にうまく子育てしている他の部署の男性社員やプライベートの男友達に、上司への相談の仕方も含め働きながら子育てをするコツを聞きました。」
―周囲の人からアドバイスを得たうえで、上司へ育休の相談をしたんですね。
八木「結果、悲しい経験になってしまいましたけど。でも、良い勉強ができたと今ではプラスに捉えています。」
―同じ状況下にいる人がやって良い結果が得られたことを、自分でも実践してみることは大切です。たとえ良い結果にならなくても、トライしてみることに意味がありますから。
他の社員との会話を活発にし、家庭の事情も知っておいてもらう
中田「あと、日頃から他の社員との会話を活発にしておくことも、パタハラ防止対策として有効だと思います。特に、上司とのコミュニケーションは重要です。実体験から思い知らされました。」
―差し支えなければ、家庭の事情もある程度話しておくと、いざという時に協力を得やすくなるでしょう。
中田「そうですね。八木さんの話にもあったように、近くに頼れる身内がいない場合などはその旨を会社の人にも話しておくと何かと便利なこともあるかもしれません。
―パタハラ防止対策のためにも、上司や他の社員たちに心を開いてコミュニケーションするよう心がけたいものですね。
法律改正でマタハラやパタハラなどの防止措置が義務付けられた
―ところで皆さん、法律が改正されてマタハラやパタハラなどに対する防止措置が義務付けられたことを知っていますか?
八木「それ、ネットニュースで見ました。育児・介護休業法と男女雇用機会均等法ですよね?」
―はい、その通りです。
月島「私もそのニュースをインターネットで知ったんですけど、具体的に法律がどんなふうに変わったのですか?」
―厚生労働省によると、2017年1月に育児・介護休業法と男女雇用機会均等法の2つの法律が改正されて、マタハラやパタハラに対する防止措置が会社に義務付けられたのです。マタハラやパタハラを防止するために会社は次のような対策をしなければならなくなりました。
中田「なるほど。これらの防止措置を会社が取らなかった場合、何か罰則はありますか?」
―特に罰則規定はありませんが、行政指導の対象になります。そのうえで悪質と判断された場合は、社名が公表される可能性があります。
佐々木「法律が改正されたのを機に、僕たちのような経験をする人が1人でも減るといいなと思います。」
―そうですね。私も、法律改正の効果が出ることを切に願います。今日皆さんから聞いたお話を私の事務所へ相談に訪れる方々との面談に役立てます。皆さん、貴重なお話をありがとうございました。
パタハラで苦しむイクメンをなくすには新しい価値観を取り入れよう
子育てを積極的に行うイクメンが増える中、パタハラを受けたことがある人も少なくないのが現状です。日本労働組合総連合会が2014年に行った『パタニティ・ハラスメント(パタハラ)』に関する調査では子供を持つ男性525人中、パタハラを受けた経験者は11.6%にものぼっています。
職場で働く1人ひとりが古い価値観に縛られず、新しい価値観を持たなければパタハラで苦しむことを減らすことはできません。社員の意識改革のためにはパタハラやイクメンなどについて正しく認識できるよう会社全体で周知・啓発に取り組むことが重要です。