「相手を立てる」のがビジネスマナーの基本、だけど…
ビジネスマナーは学生や新社会人にとってはなかなかハードルが高いものです。普段それほど意識をしたことがないからという理由が大半ですが、慣行が時代に合わなかったり世代的な感覚からついていけないと感じることも多いようです。しかし、形はどうあれ「相手を立てる」のがビジネスマナーの根本なのは変わりません。
大学生の酒井君は、先日インターンを経験してビジネスマナーについて考えさせられることになりました。インターンの現場で感じたことをメンターと仰ぐ経営コンサルタントのK・エーイ氏に相談してみました。
「相手を立てる」ってどういうこと?
―エーイさん、ご無沙汰してます。昨日、やっとでインターンが終わりましたよ。
それはお疲れ様でした。いい経験になったんじゃないですか?
―そうですね。社会人って大変なんだなって思いました。
で、どんな会社のインターンに行ってきたんですか?
―自動車のディーラーです。1週間ほどでしたが、社内研修やディスカッションを経て、最後3日は実際にお店で販売の方々と一緒にお客様対応をしました。
それは面白そうですね。
―はい、面白かったですよ。ただ、仕事は面白かったんですけど、腑に落ちないと感じたのがビジネスマナーなんです。「これって本当に必要なの?」って思いました。
そうなんですか?客商売ならビジネスマナーは無いとまずいじゃないですか。
―それはわかるんですけど、ちょっと過剰じゃないかと思うことが多かったんです。それに、社内でもすごく上下関係が強いように感じました。
うーん、ビジネスマナーは慣れの問題も大きいですから、学生だと余計にそう感じるかもしれませんね。でも、ビジネスマナーの基本は「相手を立てる」ことですから、あまり形ばかり意識すると窮屈に感じるかもしれませんね。
新人ばかり大きい声で挨拶させられるのは「相手を立てる」ことになるの?
―たとえばなんですけど、「挨拶は大きい声で」って言われるんです。特に、「若いんだから声出して」とか言われるんですね。挨拶は大事だとわかるんですけど、強制されると嫌な感じがします。
ほうほう、確かにそれはいい感じはしないかもしれませんね。
―でしょ?ベテランさんは軽い感じで入ってくるのに、新人はしっかり声出して頭を下げて挨拶しないといけない雰囲気なんですよ。
まあ、どこのオフィスでもよくある光景ですね。でも、酒井君やインターンの学生が軽く入ってきたらそれはそれで失礼だと思いますよ。
―そうなんですか?社員の皆さんは割とそうしてるのに?
はい。会社って家族みたいなところがあって、基本的なことはまず社内で教えるんですよね。それから社会に出すようになってるんです。学生は取引先やお客さんの前では十分にできると考えていますが、実際にはうまくできないことも多いので社内で訓練しているんです。
―声出しもそのひとつ、なんですか?
会社にもよりますが、そういう所は多いです。普段は軽くしか挨拶しない人だとしても、客先では急にエンジンがかかって大きな声で挨拶したり話したりするものです。基本的に新人は客先に同行しても話すことは特にありませんが、挨拶まで声が小さかったり、マナーができていなかったら印象としてはマイナスにしかなりません。インターンならなおさらです。だからこそ、挨拶だけでもしっかりさせるよう訓練するんですね。
―そうなんですね。そこまでは考えていませんでしたし、説明もありませんでした。
上の人たちも慣例的にやっているところも多いので、仕方ない部分はあると思います。ただし、社会人としては「相手を立てる」ということは基本です。自分が若者や新人であるという意識を持って行動することは、それだけでも相手を立てることにつながることは知っておくと良いと思います。
「相手を立てる」は相手を気遣う想像力を働かせること
―エーイさん、車の販売に同行していてよくわからないことがあったんです。
はい、どういうことでしょう?
―実は、自動車保険のことで社員の方と、保険の営業さんに同行してあるお宅にお邪魔することになったんです。でも、約束の時間は午前10時だったのに、ちょっと遅れて行くんですよ。
ほうほう。
―でも、他の会議なんかだと10分前には行って待っておけとか言われるんですね。約束の時間は守ったらいいのか、守らない方がいいのか判断がつきません。
なるほどなるほど。これもビジネスマナーの理解によりますね。
―ビジネスマナーの理解、ですか?
はい。基本的に個宅訪問では、約束の時間から5~10分は遅らせて伺うのがマナーです。来客を迎え入れるために色々準備をしている可能性があるからです。
―そうなんですか?知らなかったです。
これも「相手を立てる」という発想から来ています。家というのはプライベートな空間ですから、タイミングによっては相手にとってバツが悪い状態になってしまうんです。だから、少々遅らせて伺うことで準備万端で迎えてもらうというのが気遣いなんですね。
―へぇ~、そうなんですね。じゃあ、時間を守らないといけないパターンは?
基本的にオフィスでの約束は時間を守ることがマナーです。オフィスですので、仕事をしている最中に時間をいただくことになりますから、時間を守らないとその分の損失を相手に与えることになってしまいます。だからちょっと早く到着して、時間通りに相手が来てくれるのを待つのがマナーです。
―こういう違いがあったんですね。みんな時間にルーズだったり、厳しすぎるんじゃないかと思ってしまっていました。相手を立てるっていう部分で、まだまだ想像力が足りなかったと反省するしかないですね。
「相手を立てる」は相手を配慮すること
―そういえば、もっとありました。その時に同行した保険の営業の方は女性の方だったんですけど、プレゼントというかお土産をもって行ったりしていました。
保険の営業ではよくあることですね。
―こういうのって、アリなんですか?会社的なこととか、法的な部分で。
保険会社だけでなく、営業であれば基本的にはOKで、プレゼント代が営業経費としてある程度支給されるところも多いですよ。政治家みたいに法で規制されているわけではないですから。
―そうなんですね。何かこういうのは不道徳な感じがして好きじゃありません。
ははは、酒井君はマジメなんですね。でも、「エビで鯛を釣る」じゃないですけど、もっと大きな受注を取るための営業ですからこういう技もやっぱりあります。何より個宅訪問ですから。人様のお宅に上がる時にお土産くらいは持っていくのがマナーとも考えられるでしょう?
―そうですね。言われてみるとそうかもしれません。
個宅訪問をする営業って、ある意味では一番マナーが求められるんですよ。家の中で失礼があれば、間違いなく二度と敷居はまたがせてもらえないですから。
―あ!
どうしました?
―そういえば、僕、訪問の後で先輩に怒られました。
どうしてですか?
―入って、すぐに座ろうとしちゃったんです。また、座った後もすぐにカバンを床に置いちゃって。
なるほど。これもよくある失敗ですね。まずは相手が勧めてくれるまでは座らず、カバンなども置かないように注意しなくてはならないですね。
―そういえば、保険の方はカバンも床に直におかずに、風呂敷のようなものを出してその上に置いていました。あれ、何でなんですか?
おおっ、それは気遣いのできる優秀な方ですね。今はあまり多くはないですが、人様の家の中を汚すことがないようにと気遣って行う方もいるんですね。どこで地面に置いたかわからないカバンだからこそ、室内を汚さないように配慮するわけです。
―考えたこともありませんでした。
そうでしょう?就活などでも、イスの上にカバンを置かないなど言われるかと思うのですが、それもカバンで相手先のイスを汚さないようにとの配慮です。ルールではなく、なぜそうなのかを考えていくと、結局は相手を立てることにつながっていくんです。
「相手を立てる」を学ぶなら敬語の使い方から勉強しよう
―また、すごく苦戦したのが敬語なんです。特にお客さん相手の時。
へぇ、そうなんですか。私は話していて、酒井君の敬語がそれほどできていないとは思いませんが。
―はい、エーイさんとか、会社の先輩とかでは自然に話せるんですけど、お客さんの前だとあまりうまくできないというか、混乱するんですよね。だって、相手は敬語で話してくれないことが多いですから。
なるほど。特にインターンの学生だと思われると、普通の話し言葉で話してこられそうですね。
―そうなんですよ。タメ口というか、普通の話し言葉で来られるからどう対応したらいいかわからなくて。敬語を使えば先輩から「硬すぎる」と言われ、崩して話すと「言葉遣いに気をつけて」とか言われるんです。どうしろって言うんですかまったく。
それは大変でしたね。でも、最初はそういうものかもしれません。相手との距離感の詰め方などがいまいちよくわからないと思いますから。ただ、それでビジネスの機会を逃すこともありますから、先輩は厳しくなるしかないでしょうね。
―いまだにどうしたらいいのかよくわからず、消化不良です。敬語って、そんなに必要なんですかね?無くても何とかなりそうですし、言語によっては敬語って無いんですよね?
敬語は絶対無いといけないとは思いませんが、あった方が良いものだと思いますよ。それに、外国語では敬語という言い方をしないだけで、よりビジネスにあったニュアンスの言葉遣いはちゃんとありますから、実際には敬語と一緒ですよ。
―敬語って難しいし、距離感ができるから使わなくていいなら使いたくないです。よくビジネスのマンガなんかでは、社長に対しても主人公がタメ口だったり、オヤジ呼ばわりするじゃないですか。ああいう感じがいいですね。
あはははは。私に敬語で話している酒井君が、急にそんなにワイルドになったら笑っちゃいますよ。マンガみたいな型破りな人や、そういう雰囲気の会社は無くはないですけど、敬語はちゃんと使った方がいいですよ。「距離ができる」じゃなくて、「距離を作る」ことで「相手を立てる」んです。
―そうなんですか?
ビジネスの世界では、本当に距離がなくなると困ることもありますしね。公私混同はよくないでしょ?それに、自分ばかりが相手を立てれば距離ができますが、実際には互いに相手を立てるようにしますから距離はできません。逆に相手が敬語をあまり気にしない人なら、自分も気にせず話せば距離が縮まります。どちらにせよ、最初は敬語から始めていくことが大切ですね。
「相手を立てる」ことができない人は次第に周りの人が離れていってしまう
―相手を立てるとか、ビジネスマナーを守るって難しいものですね。今回のインターンは本当に勉強になりました。
良かったですね。私も新社会人のときに、敬語はいっぱい失敗しました。時には「慇懃無礼(いんぎんぶれい)」だなんて上司に叱られましたね。
―「慇懃無礼」って何ですか?
慇懃無礼というのは、「上辺は丁寧なのが返って無礼である」という意味です。敬語敬語と意識しすぎたんでしょうね。敬語は使っていましたけど、根本がなっていなかった。
―根本がなっていなかったってどういうことですか?
つまり、「相手を立てる気がなかった」ということです。当時はデキル人だと見てほしくて、色々トゲトゲしてたんだと思います。先輩や上司に対して「それはいかがなものでしょうか?」「恐縮ですが意見させていただきます」など、会議中や人前でもよく噛み付いていた気がします。相手を立てるというのは、言葉遣いだけじゃないんですよね。
―ちょっと今のエーイさんからは想像つかないですね。
はい、そうなら嬉しいですね。あの時、大目に見てもらい、教育してもらえたからこそ今の私があります。相手を立てると、結局自分も立てられるようになります。相手を立てられない人は、次第に周りから協力者が減っていってしまいますし、成績も上がらないんです。
―相手を立てるって大事なことなんですね。インターンは終わりましたが、ビジネスマナーや、相手を立てることを、普段からもっと意識してみたいと思います。エーイさん、ありがとうございました。
「相手を立てる」ことを考えることがビジネスマナーの核心
就活や就職の際にビジネスマナーを心配する人も多いですが、ビジネスマナーで最も大事なことはいかに「相手を立てる」ことを考えるかです。基本的な所作や慣習はありますが、形ばかりで相手を立てることはできません。ビジネスマナーは形だけを覚えるのではなく、その行動をすることでどのように相手を立てようとしているのかよく考えてみましょう。