「差し上げる」の敬語の意味・ビジネスで失敗しない正しい使い方
「差し上げる」という敬語は正しい謙譲語の表現ですが、その使い方によっては相手への敬意が正しく伝わらず、不快に感じさせてしまうことがあるため注意が必要です。意味やニュアンスを正しく理解し、ビジネスシーンでの不注意な使い方に気をつけましょう。
「差し上げる」という敬語は使い方次第で失礼になることもある
日本語において、敬語はとても繊細で難しい表現です。敬語の表現を覚えるだけでなく、適切な使い方を知らないと思わぬところで失礼になってしまうことがあります。
「○○を差し上げます」というのは敬語表現になりますが、この「差し上げる」という言葉は使い方やタイミングを誤ると、相手に対して非常に失礼な物言いとなってしまうので注意が必要です。普段よく使われている言葉ほど、その間違いには気づきにくいものです。ここでは、正しい「差し上げる」の使い方について考えてみましょう。
「差し上げる」の意味・文法的理解
「差し上げる」の敬語表現について詳しく考える前に、「差し上げる」の意味や文法的な部分を理解しておきましょう。正しい理解は、表現についての違和感に対する感覚を育ててくれますので、面倒でも気になった言葉については一度辞書などで調べて正しいニュアンスを確認することをおすすめします。
「差し上げる」は「与える」「やる」「あげる」という言葉を敬語で表現したもので、金品などの所有権の移動が起こるときに使われます。
「差し上げる」という敬語は、その言葉だけでひとつの動詞として成立しており、「差し」と「上げる」を分けることはできません。また、「差し上げる」で謙譲語の表現になるため、「差し上げられます」と「られる」をつけて尊敬語にすることはできません。
敬語表現では、「相手を高める」か「自分を低くする」かによって相手への敬意を伝えます。自分が主語になる場合には、自分を低める表現しかすることはできないのです。
「差し上げる」という敬語が相手の気分を害してしまうかもしれない理由
「差し上げる」は使い方によっては相手の気分を害してしまう、微妙なニュアンスを持った言葉です。たとえば、「こちらのアンケートにお答えいただいた方には、図書カード1000円分を差し上げます」という場合は問題ありません。しかし「このアンケートの報酬として1000円を差し上げます」と言った場合にはどうでしょうか。何か微妙な気分になる人も出てくると思います。「差し上げる」を使う場合は伝えたい内容によく注意を払う必要があります。
「与える側」と「与えられる側」という上下関係ができる
「差し上げる」という言葉は、謙譲語ではありますが、その意味上どうしても「与える」「施す」という意味になります。つまり、「与える側」と「与えられる側」という上下関係に近い関係ができてしまうのです。そのため、目上の人に対して敬意を示しているつもりでも、使い方によっては上から言っているように聞こえてしまう場合があります。
「差し上げる」を使っても大丈夫なのは、相手側にとって何らかのメリットがある場合だと考えることができます。逆に、相手にとってメリットではない場合や、それを受け取ることが正当な権利である場合などには、「差し上げます」というのは上から目線で不快な、押し付けがましいものになりかねません。
「このアンケートの報酬として1000円を差し上げます」なら、報酬は正当な対価と考えるのが普通ですから、やや引っかかる人が出てしまうのです。もしも「給料を15万円差し上げます」と言われたら、その不快感はより強くなるでしょう。「お金がもらえてうれしいでしょう?」というようなニュアンスが感じられてしまうからです。
「差し上げる」を使うシーン・正しい使い方と好ましくない使い方例
ここで「差し上げる」という敬語を使うシーンと、使い方の例について確認してみます。自分も次のような好ましくない(または間違った)使い方をしていないかチェックし、正しい使い方を覚えましょう。
物やお金を渡すときの「差し上げる」
物やお金を渡すときに「差し上げる」という敬語を使う場合は、どのような「与える」ことをしているのか、文脈や内容から考える必要があります。
「差し上げる」の正しい使い方例
- 「それでは、こちらのクーポンも差し上げますね。またご利用ください」
この例文では、買い物などをした際にオマケとしてのクーポンが渡されています。これは買い物客が意図したものではなく、お店側のサービスとして行っているもので、買い物客にとってメリットが大きいと考えることができます。この場合の「差し上げる」は、正しい使い方です。
- 「当選者には賞金100万円を差し上げます。奮って懸賞にご参加ください」
懸賞の賞金、景品としての金品については「差し上げる」を使うのは原則問題がありません。それは、行為に対する対価として十分に大きいことが前提になっているからで、受ける側のメリットが非常に大きいと考えられるためです。
「差し上げる」の好ましくない使い方例
- 「治験にご協力いただいた報酬として10万円を差し上げます」
報酬としてのお金に対して敬語の「差し上げる」を使う場合は、注意が必要です。その行為に対して恐縮するほど高額な金額が支給されるのでなければ、行為への対価としての報酬であるはずなのに、対等でない関係の中で施されているような気分を与える可能性があります。
- 「頑張ってくれたので100円を差し上げます」
こちらも。あまり好ましくない例文と言えるでしょう。この場合も報酬となりますが、「差し上げる」を使う場合には相手にとってメリットが大きく、それだけの内容がある場合です。相手にもよりますが、100円のように金額が大きくないと、違和感があり「大げさな」と思われてしまいます。
相手に何かをしてあげるときの「差し上げる」
相手に何かの行為をしてあげるときも「○○して差し上げます」などと使うことがあります。これも、内容や文脈によっては相手に対して押し付けがましく、不快感を与える場合がありますので注意しましょう。
「差し上げる」の正しい使い方例
- 「ご連絡ありがとうございます。現在、Aは席を離れておりますので、戻り次第、折り返しのお電話を差し上げましょうか?」
- 「先日は資料の送付ありがとうございました。午後の社内会議にかけて、決裁がおりましたらすぐに折り返しのメールを差し上げますので、今しばらくお待ちくださいませ」
相手に連絡をする際によく「差し上げる」は使われますが、この場合は、相手とのやり取りが既に始まっていて、相手が何らかの連絡を望んでいるような状況において使います。電話やメールの例も、先方が連絡を欲しがっていることが前提になっていますので、問題のない正しい「差し上げる」の使い方です。
最初の電話の例文のように、「差し上げます」と言い切るよりも「差し上げましょうか?」など相手の意向を確認するようにするとより丁寧に聞こえます。ただし、相手の意向を確認する聞き方は、相手に返答を求めることにもなりますので手間に思われる場合もあります。
「差し上げる」の間違った使い方例
- 「今回の件では誠に申し訳ありませんでした。後ほど、担当者から謝罪のご連絡を差し上げます」
謝罪では徹底的に相手を高め、自分を低くする必要がありますが、この場合にはたとえ敬語表現だとしても「差し上げる」は適切ではありません。この例文の場合、どんなに丁寧に表現しても「謝ってあげる」と受け取られてしまいかねないからです。しかも、一方的に「連絡を差し上げます」と言い切っており、相手がそれを欲しがっているかを気にかけていないのもマナー違反です。
敬語「差し上げる」のビジネスで使える例文
「差し上げる」という敬語は、ビジネスシーンで多く使われます。「差し上げる」を用いた例文を見ていきましょう。ここでは、上司との会話、社内メールの2つのパターンを紹介します。
「差し上げる」を使った例文1
「差し上げる」を使った例文1:上司との会話
「店長、先日会議で話していたキャンペーンは今日からでしたか?」
「はい、そうです。お客様が商品を購入されたら、レシートと一緒にクーポンを差し上げてください」
「承知いたしました。ところで、今度退職するAさんに、職場のみんなからということでプレゼントを差し上げたいのですが」
「いいんじゃないでしょうか。私からアルバイトスタッフも含め、連絡しておきますね」
この例文では、ふたつの「差し上げる」が使われていますが、その使い方は大丈夫でしょうか。最初の「差し上げる」は、商品購入に際してクーポンを配布するという内容ですので、顧客側にメリットがあり、正しい使い方だと考えることができます。
次の「差し上げる」は、退職するAさんに対するプレゼントということで、Aさんにとってメリットがあるため正しい使い方だと考えることもできますが、退職の記念品や退職祝いという意味合いで渡すのであれば、退職者に対して最大限の敬意を払うのがマナーです。「プレゼントを差し上げる」は、どこか上目線に感じられるところがありますので、「プレゼントをお渡ししたい」「プレゼントを用意させていただきたい」などの表現が適当になります。
「差し上げる」を使った例文2
「差し上げる」を使った例文2:社内メールのやり取り
お世話になっております。
Aさん、先日は提案書のレビュー、ありがとうございました。
Aさんに差し上げたレビュー資料の中のB社の取引データに間違いがあったようで、差し替えたものをお送りさせていただきます。
何卒、宜しくお願い申し上げます。
社内ではこうしたメールのやり取りは多いですが、「差し上げる」の使い方は注意が必要です。「差し上げた」は相手に対して「してあげた」ことに対して使いますので、この場合は「渡してあげた」というニュアンスになります。
事実がその通りであれば問題ないのですが、例文ではレビューをしてもらった側であるにも関わらず、資料を「渡してあげた」ことになっているため、相手に不快感を抱かせる可能性があります。そのため「お送りしたレビュー資料」「確認いただいたレビュー資料」など、別の敬語表現を考えましょう。
「差し上げる」を間違って使わないための他の言い換え方
「差し上げる」は敬語表現ですが、ビジネスにしてもプライベートにしても、どんな時でも使える便利な表現ではありません。必要に応じて言い換えられるよう、他の表現方法も覚えておきましょう。
物やお金を渡すときの言い換え方
- 「治験にご協力いただいた報酬として10万円をお受け取りください」
- 「治験にご協力いただいた報酬として10万円をお支払いいたします」
報酬など、行為に対して正当な対価を与える場合は、自分が主語になるとどうしても「与える」という印象になってしまうので、相手を中心にして「受け取る」を敬語表現にした方がスッキリします。また、自分を主語にするのであれば「お支払いいたします」と「支払う」という言葉で対価であることを強調した表現にする方がまだ自然ですが、やや冷たい印象になってしまいます。
- 「頑張ってくれたので、100円をあげます」
金額が少ない場合は、敬語をあえて使わずに「あげる」というように丁寧語にしておくくらいが適当です。無理に尊敬語や謙譲語を使うと、丁寧すぎてかえって失礼になることもありますので注意しましょう。
相手に何かをしてあげるときの言い換え方
- 「今回の件では誠に申し訳ありませんでした。後ほど、担当者から謝罪のご連絡をさせていただきます」
相手に何かをしてあげるときの「差し上げる」の多くは、「~させていただく」と言い換えることが可能です。「~させていただく」の方が、恩着せがましいところがなく、自ら率先して相手に尽くしている印象を与えることができるので、便利な敬語と言えるでしょう。
- 「今度の日曜日は我が家にぜひ来て下さい。ご馳走させていただきます」
「ご馳走して差し上げます」と言うこともできますが、それだと主に目上の人にではなく、同じような立場の人あるいは下の人に対して謙譲語を使って丁寧に表現した使い方になります。言葉は丁寧で相手を立ててはいますが、基本的に立場が同等、もしくは自分の方が上であるニュアンスです。
この場合も「ご馳走させていただきます」が適切です。「ご馳走させていただきます」だと、完全に自分を低めているニュアンスになり、どんな立場の人に対しても使うことができます。
「差し上げる」に意味の近い敬語表現
「差し上げる」の類語にあたる表現も覚えておくと、敬語表現の幅が広がります。「進呈」「贈呈」「謹呈」「献上」などの敬語表現がそれにあたりますが、「進呈」はカジュアルなシーンでの受け渡しに使います。
進呈(しんてい)
「進呈」はカジュアルなシーンで、軽い気持ちで受け渡しをする際に使われる敬語表現です。主に目下の人から目上の人に対して使われる言葉で、「つまらないもので恐縮です」という意味が含まれています。「クイズの正解者にはお米券を進呈します」というように使います。
贈呈(ぞうてい)
「贈呈」は、お祝いや表彰など晴れがましいフォーマルなシーンで使う敬語表現です。「○○さんの結婚を祝し、花束を贈呈いたします」というような使い方をします。
謹呈(きんてい)
「謹呈」は目上の人に対して何かを渡す際に使われる、相手への敬意のほか、礼儀正しさやかしこまっている様子を表した敬語です。「未発表の最新モデルを取引先の社長に謹呈いたしました」というように使います。
献上(けんじょう)
「献上」は立場が上の人に対して使う敬語ですが、王族など特に高貴な立場の人に対しての表現になりますので、日常的に使うことはあまりありません。たとえば「伝統工芸品をイギリスの王室に献上することになりました」というように使います。
「差し上げる」はニュアンスに注意して正しく使おう
「差し上げる」はビジネスシーンでは使用頻度もそれなりにある敬語ですが、正しい使い方ができているか常に注意しておかないと、気づかないうちに思わぬ失敗をしていることがあります。どのようなニュアンスになっているかを使うたびに確認しながら正しく使い、言葉の感覚を磨くことが大切です。
「差し上げる」の使い方で何か違和感を覚えたら、無理をせずに別の敬語表現を探した方が言葉の使い方によるトラブルは少なくなりますので、様々な言い換え表現も併せて覚えておきましょう。